詐欺被害者の会

名古屋の片隅、或る詐欺師たちの夜

名古屋の雑居ビル、その四階の空きテナントは、夜の帳が下りても妙な熱気を帯びていた。蛍光灯の白い光が、散らばった書類や、使い古されたマグカップ、そして何より、テーブルに広げられた唐揚げの山を照らしている。今日の「仕事」の後片付けの最中、彼らは腹を満たしていた。

油井は、二十七歳。まだどこか学生気分の抜けない生意気でやんちゃな男だ。彼はテーブルに身を乗り出し、皿の上の唐揚げを鷲掴みにすると、口いっぱいに頬張りながら、得意げに呟いた。

「ママのと比べても、やっぱり金賞受賞したやつは味が違うね。これ、本物だ」

ソファに横たわり、スマホを弄っていた後藤は、三十三歳。彼は世の中のあらゆる事象を斜めから見る、生粋のニヒリストだった。彼は勢いをつけて上半身を起こし、座り直しながら、まるで教え諭すかのように言った。

「あのねぇ、油井君。いいかい?日本中に『金賞受賞』って書かれた幟旗が何万本あると思ってるんだ。あの『金賞受賞』っていう売り文句はね、金を払えば使えるんだよ。むしろ、何もアピールしてないただ笑顔が可愛いい谷町のおばちゃんが揚げた唐揚げの方が旨いってことを、君は知らないのかね。僕はね、あのおばちゃんの唐揚げが一番好きだ。君が言うてるのはYouTubeの銀の盾みたいなもんだ。」

油井は、口の中の唐揚げを咀嚼しながら反論した。

「違うね。美味いから金賞受賞するんだ。美味くない唐揚げは金賞なんてもらえないから、まず受賞してる時点で美味いのは確定してる。消費者にとっては、一つの分かりやすい目安、そして保証されてるってこと」

後藤は、呆れた顔で油井を一瞥し、鼻で笑うように吐き捨てた。

「簡単に騙されやがって」

その時、部屋の隅でパソコンに向かい、タバコを片手に口座番号を打ち込んでいた酒巻が、三十五歳。彼はチームのリーダー格で、兄貴肌の真摯な男だった。彼はキーボードを叩く手を止め、二人の間に割って入った。

「まぁ、金賞唐揚げも、谷町のおばちゃんの唐揚げも、母親の唐揚げも、どれも名称は『唐揚げ』だが、味もモノも違うだろ。揚げたてなのか、ノスタルジー感じるのか、家庭で食べるのか。何が唐揚げに付随してるかによって、『一番美味しい』は変わる。」

酒巻は一息つき、足を組み直した。

「しかし、唐揚げ屋からしたら、後藤のように社会に対するちょっとした雑学的をなことを身に付けて、斜に構えてる奴が一番鬱陶しいだろうなぁ」

油井は、後藤をやや咎めるような視線を送りながら、酒巻に共感した。

「そっすよね。衒学的になって、その時々に知識を引き合いに出して、ほんのり自己防衛してるつもりの奴が一番鬱陶しいっすよね。僕らの仕事も、そうじゃないですか」

酒巻は、煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「ああ。『コンフィデンスマンJP』とか『地面師』とか、ああいうのが流行った時は、正直面倒だったよ。ああいうのが近くにいるっていうのが頭の片隅に入っちまうからな。今まではそんな知識なかったくせに知ったようになっちゃうんだよ。まずは相手が本物か疑ってかかる、一過性の警戒心ってやつだ」

後藤はソファの背にもたれかかり、天井を見上げながら思い出を語るように呟いた。

「まず、信頼より前に我々のことを疑ってくる奴にはやりづらい、というかやりたくない。こっちとしても、カモが警戒してるかどうか一目で分かりゃいいのになぁ。そうすりゃそもそも声すらかけないのに。騙されると思ってる奴ほど面倒くさいものはない。社長が不在だった時の営業マンみたいなもんだな。」

油井は、まだどこか楽観的だった。

「でも、多分アイツらが知ってるのはオレオレ詐欺とか、ああいうオーソドックスで分かりやすいやつくらいで、僕らのような手の込んだ名前のついてない仕事とかは知らないと思うっすよ。コンフィデンスマンとか地面師とかで触れられた詐欺に関しては知識がついてるかもしれないですけど、知らない詐欺に関しては頭に入ってないからそもそも防御しようという気概すら発生しないんじゃ無いんすかね。社会が続くだけ新しい詐欺が生まれてくるのに。警戒のしようがないのに。」
油井は自分を安心させるように諭していたがふと気づいたように「でも、全方向に注意を配るミーアキャットみたいな奴がいたら厄介かもっすね。」

後藤は、唐揚げを貪る油井を一瞥しながらふっと笑った。それは諦めにも似たどこか冷めた笑いだった。

「しかしね、油井君。そんな詐欺が、捕食者が身近にいるなんて、自分事だっていつも警戒しているような人間は、そうはいないものだ。エサが目の前にあって今食べないともう一生食べられないと焦らされる時は、人間、結構視野が狭くなっちゃうもんだからね。まるで、目の前の餌しか見えない鯉のようだ」

酒巻は、パソコンの画面から目を離し、二人の顔を交互に見た。

「本人は冷静さを失っているから自分が騙されてる途中だなんて気づけないが、自分では気づけなくても、他人から『それって詐欺じゃないか』って指摘される時が、一番バレやすいんだよ。自分には見えてなくても、ヒントはすぐそこにあって外から見れば一目瞭然というわけだ。コンビニATMが分かりやすい例かな」