許されざる飲み方

気持ち悪いからダメなんじゃない、許されないからダメなんだ

「ペットボトルの飲み方」に正解はあるのでしょうか。

私が考える「普通の飲み方」を考えてみます。

まずは開封の工程から記述します。

まずは左手でペットボトルを持ち上げます。持ち上げる際の力加減は、対象のペットボトルに応じて調整します。もし2リットル未開封のペットボトルであれば肩から持ち上げるよう意識し、500mlなどの軽めであれば肘を支点にテコのように持ち上げます。

自分の胸元あたりまでペットボトルを持ち上げたら、右手首を右に傾けたままキャップを中指・人差し指・親指の3点で掴みます。その状態が完成したら勢いのままに手首を反時計回りに回転させます。回転する角度はおよそ70°です。

手首を用いてキャップとペットボトル本体を分離させる全ての工程を行うわけではありません。最初のキャップの密閉状態から開放状態に切り替える工程を行うだけですので、大きなストロークは必要なく、回転させるトルク(捻る力)が大事となってきます。

ペットボトルに代表される飲料製品は、メーカー出荷時より密閉され、無菌状態を保つために強固にキャップが閉められています。言うなれば、静止摩擦力が最大にかかっているのが未開封(出荷時の姿)の状態です。その静止摩擦力を超えるだけの力が必要となりますので、ペットボトル開封時は指先だけでなく、手首のテコの原理を用いて対処します。

第一工程である70°の回転が完了したら、再度指3本持ちを繰り返し、先ほどと同様のステップを行います。これで第2工程の終了です。

したがって、指3本持ちで70°回転させる操作は、ペットボトルを開ける工程において、最初の2回を担うことになります。逆にこれ以降は再使用しませんのでご安心ください。

続きまして、中指の腹と親指の腹の2点でキャップを摘み、左回転(反時計回り)に2回ほど捻ります。

この段階でおよそキャップが3回転しましたので、あとは流れるように対応します。中指の腹から手のひらの手根部(手相でいうところの運命線)にかけてキャップの縁をなぞるように右手首を押し出します。そうすればペットボトル口からキャップが外れ、ペットボトル口にキャップが無気力のまま浮いた状態になります。

そのキャップを指でつまみ、取り外せばペットボトルの開封工程完了となります。

飲み方の手順に移ります。

口が開いたペットボトルの口を自分の口、ポイントでいうと下唇中央の最も膨らみのある箇所に添えるように当てます。上唇は上唇の前面、こちらも同じく最も膨らみのある箇所である人中溝の真下の部分(詳細な名称で言うと上唇結節)でペットボトル口上部を優しく止めるように触れさせます。

左手に持ったペットボトルを、内容量に応じて、もしくは飲みたいだけの量に応じて傾け、口に液体を流し込みます。深呼吸のように無理に吸い込む必要はなく、液体の流れるままに任せて口の中に液体を注ぎ入れます。流れ込んできた液体はそのまま喉になだれ込んできますので、複数回嚥下を繰り返しながら食道から胃にかけて液体を滑り込ませます。

必要とする分の液体を摂取できたら、ペットボトルの傾けを抑えつつ、下唇を上に持ち上げ口を閉じます。そうすることで流入口をシャットアウトできるため、これ以上液体が流れ込んでくることはありません。また、微量の液体を摂取したい時にも有効で、口の開放レベルを抑えれば微量(試飲程度)だけ摂取可能というように、流入量をペットボトルの傾けに頼らず、自分で容易にコントロールできる口元で調整することも可能です。

飲み終わった後のペットボトルは、先ほど取り外したキャップを時計回りに回してはめ込み、再度密閉させます。ただはめ込むだけではなく、最後まで、キャップがこれ以上回らない段階まで回しきります。

この一連の流れをもって「普通のペットボトル内部液体の飲み方」とさせていただきます。

しかしながら、この飲み方は一般的ではない地域があるというのです。

例えばインドでは、ボトルを自分の顔の位置以上に掲げて、ボトルを傾けて流し込む飲み方が主流です。顔を上げ、ボトルを上から傾けて、飲み物が直接口の中に入るように流し込みます。なぜこのような飲み方が主流なのかは複数の要因があります。

まず、インドは温暖な気候ですので、ペットボトルの口に自分の唇をつけて飲んでしまうと、自分の唾液や粘膜がペットボトル口に付着してしまい、その唾液が内部の液体に流れ込み、細菌が繁殖して液体が腐り、飲料としてダメになってしまうからです。また、「飲める水分」自体が貴重なものなので、水分があれば周りの人と共有するものとして扱われます。回し飲みが当たり前の文化圏においては、細菌感染をさせないという名目・教義で、人から口をつけたものを共有しない「浄・不浄」の考えが根底にあります。

この飲み方はインドに限った話ではなく、韓国でもよく見られます。韓国ではシェアの精神が根付いており、日本でペットボトル飲料を人数分用意するとなると500mlのペットボトルを一人一つずつ用意しますが、韓国では2Lのペットボトル1本をみんなでシェアして回し飲みというのが普通です。2Lのペットボトルをみんなで回し飲みをするとなると、次の人を気遣い、ペットボトルの口に直接自分の口はつけずに飲むことが多いです。

また、インドや韓国に限らず、その他の地域、日本においてもこの飲み方をする方が存在します。それはお化粧をしている女性です。女性はリップやグロスなどのお化粧をしますので、直接口をつけてしまうとリップがペットボトルの口につき、唇から取れてしまいます。そのため、僅かにペットボトル口から離して直接口をつけずに飲みます。そうすれば、リップが取れる心配もなく簡単に飲料を飲むことができます。

直接口をつけずに流し込むいわゆる「インド飲み」は、日本人からしたらちょっとお行儀の悪いように思えます。

しかしながら、もし私がインドの地において、上記で詳細に記述した「普通のペットボトル飲み方」をしようものなら、行儀の悪い、マナーのなっていない人と認識されてしまいます。

ペットボトルの飲み方一つとっても、文化圏・環境の違いによってマナーの良し悪し、上品下品、正解不正解が変わってくるのです。

以上のように「正しい飲み方」は世界中で異なりますが、禁忌とされる「許されざる飲み方」は世界共通のものがあります。

それは、ペットボトルの口をガバッと丸ごと加えて液体を丸呑みする飲み方です。ここではこれを「丸ごと飲み」と呼称します。

「丸ごと飲み」はあらゆる面で理にかなっていません。

まず、丸ごと咥えることにより、ペットボトル口周囲に満遍なく口腔内の粘液・唾液が付着してしまい不衛生です。インド飲みにあるように、衛生環境が整っていない地域や、回し飲みをするほど水が貴重な地域においては御法度です。

そして、丸ごと咥えてしまうと液体の流入量の調整が難しくなります。通常の飲み方であれば口元で流入量を調整できますが、「丸ごと飲み」であれば下唇を上げようにもペットボトル口が邪魔をしてしまい簡単には閉じられません。調整するとなるとペットボトルの傾け量に依存しますが、その傾け量は指先でも手首でも肘でもなく、肩からの力加減によります。傾け量は肩から下の腕全体での調整となってしまうため、力加減が大振りとなり繊細な微調整が困難です。

微調整が難しいので、必要以上に流れてくる液体を簡単に止めることができません。

また、液体を摂取後も困難がつきまといます。「丸ごと飲み」で液体の摂取を止める際には口を閉じる必要がありますが、もしペットボトルを傾けたまま口を閉じようものなら、唇の両サイドと下から液体が溢れてしまい、胸元や周囲にこぼしてしまいます。日本においては飲める水分は比較的身近にあるので水分の貴重さは肌で感じられないと思いますが、世界的に見れば「飲める水分」というのはかなり貴重な存在なのです。その水分をこぼすような真似、水分を浪費するような真似は水が貴重な地域ではまず許されません。

逆に、口を閉じる前にペットボトルの傾けを低くしようものなら、口の中に入れた液体がペットボトル口から逆流してしまいます。この逆流は2つの欠点があります。

まず大前提に、液体を飲もうとしているのに、結局ペットボトル内に液体が逆流してしまい自分の体内に残らないのであれば本末転倒です。液体を飲むという目的があるにも関わらず、手段を間違え、結局目的が達成できず自分には何も残らないという無意味な行動になってしまいます。

二つ目は深刻な食中毒のリスクです。一度口に入った液体をペットボトル内に逆流させ、そのまま保存するのは大変に細菌繁殖の可能性があります。人の口腔内には唾液や粘液、虫歯菌など、ありとあらゆる雑菌が存在しています。その雑菌をペットボトル内に注入し密閉保存してしまうと、液体内で細菌が繁殖してしまい液体が腐る原因になります。もしその汚染された液体を飲んでしまうと、胃腸炎や食中毒に罹患し、下痢や腹痛、嘔吐などの症状が起こる可能性があります。

食中毒による嘔吐下痢は、体外に菌や毒素を排出するための神経反射ですので、安易な下痢止め剤などの使用は控えるべきです。嘔吐下痢になってしまうと、余計に体内の液体が体外に放出され、飲んだ液体以上の水が体外に出てしまいます。脱水症状になり喉の渇きを感じ、また水分を欲するようになります。そしてまた例の液体を飲む……以下、死ぬまでの無限ループとなりかねません。

ですので、まず大事なのはペットボトル内に細菌を繁殖させないようにする、ペットボトル内に細菌を入り込ませないようにすることが大事です。

「丸ごと飲み」は通常の飲み方に比べ、細菌のペットボトル内部への流入量が多くなりますので、許されない飲み方なのです。

■ まとめ

単に「飲み方が気持ち悪いから」という主観的で簡素な理由で「許されない飲み方」と言っているわけではありません。

私たちが何気なく行っているペットボトルの飲み方には、単なる作法や行儀の問題を超えた、深い「普遍的な理由」が潜んでいます。

世界を見渡せば、「飲める水分」は命を繋ぐ貴重な資源であり、それを安易にこぼす行為は、資源への冒涜とすら見なされます。また、特に集団で共有する文化においては、口をつけない飲み方は、他者への思いやりや、集団の健康を守るための最も重要な「衛生観念」の現れです。

そして、個人で飲む場合であっても、「丸ごと飲み」のように多量の細菌をペットボトル内に流入させる行為は、自己の健康を脅かし、深刻な食中毒のリスクを招きかねません。それは、貴重な水分を浪費するだけでなく、健康を害し、さらなる脱水という悪循環に陥る、最も非論理的で自己破壊的な行為なのです。

「正しい飲み方」は文化によって異なります。他者の文化を尊重し、現地のマナーを理解することは大切です。しかし、「丸ごと飲み」が許されないのは、それが文化や地域の枠を超え、「水分を大切にする」という普遍的な価値観と、「健康と衛生を守る」という生存の教義に反するからです。

この文章で詳細に説明した「普通の飲み方」は、流入量を緻密にコントロールすることで水分の浪費を防ぎ、また口元を優しく当てることで細菌の混入を最小限に抑える、最も理にかなった、生命と資源を尊重した飲み方の結晶であると私は考えます。

「気持ち悪いからダメなんじゃない、許されないからダメなんだ」。

その根底には、人類共通の水と健康への敬意が流れているのです。